前回の絵を不幸話に置き換えてみる

絵の場合は、直接嫌悪感を刺激する感覚で伝えやすかったので例えてみただけなのです。

不幸話は人に不快感を与えるか否か。

初めのうちは同情するかもしれない。憐れむかもしれない。
何度も続けば聞いてる方の気分が、滅入ってくる。
不快とまでいかなくとも、ネガティブな気分になるのではなかろうか?

自分がそんな話を人にするときは気を付ける必要がある。
で、一区切り。

ここから先はとりとめのない話。

さてとあるところに、話をするとき毎回不幸話を少なからず織り込む人物がいたとする。
私が見るに、不幸話は不幸自慢、自己卑下、自己憐憫とおおよそ自虐的な話。
すべてがそうではないが、どこかしらにそういうことが食い込んでくる。
その人物は、身の上に不満があって、上手い解決方法や上手い発散の仕方が分からないだけなのかもしれない。
それとも同情が欲しい。承認欲や自己顕示欲がそうさせるのかもしれない。
もしかすると自虐はネタとしていつも周りは楽しめると思っているのかもしれない。
ただ、自虐をやめられないだけかもしれない。

では、聞く側、見る側の人間はそんな話を聞いてどうするだろう。
気が付かない。
気に留めない。
聞かなかったことにする。
立ち去る。
同情する。
解決方法を提案する。
そういう話を織り込むことを止める。
他人事として笑う。
攻撃を加える。
こんなところかな。
もうひとつあった。
私が別件で失敗した問いかけるということ。


こういう話とか、個人的には書きたくない。
ブログの雰囲気がかたくなるし。
面倒だし。
自分に得が無い。
それでも書こうとする思いがあれば、書くことになる。
できるだけ言葉を選んで。何回も見直して。
駄目だと思えば消すことも書き直すこともある。
ニッチモサッチモ記事の最後に、それぞれの上手い発散方法があればという話。
言語的モヤリは、王様の耳はロバの耳的穴の漏れないものが欲しくなるときはあるよね。
ブログは漏れまくるから駄目だね。
こういうこと書いてる時間を、絵に充てたい。
私はなにやってんのかね。マジで。

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